Profile

ヤマオ タケシ
Takeshi Yamao
奈良県
1984生
AB型


暗闇の中でその光を掴んで離さない。描いていないと生きている意味さえわからなくなる。彼にとって描くことは暗闇の中に射した輝きだ。

 1984年に奈良県で生を受け奈良県で育つ。幼少の頃から絵を描いていたが、小学生の頃から登校拒否を繰り返した。周りに自分の絵を褒められると、どうして褒められるのかわからないという感覚に陥っていた。むしろ描くことが嫌いにさえなった。それでも彼は描き続けた。そうすれば嫌なことや苦しみも忘れることができた。中学生になって海外の異国の地へ興味を持つが、パニック障害を発症してしまう。14歳で引き篭もりになってしまった。部屋の中だけで真っ暗な思春期を過ごすことになる。

 「生きろ」

 今でもその力は凄まじい。その頃からB'zの影響を受ける。彼はその音と歌詞の作る世界観で、「生きろ」というメッセージを、特にロックらしい曲で感じている。制作面でも生き方を語る上でも、外せない存在となっている。

 そして、テレビで奈良美智さんと村上隆さんの特集を観ることで、今まで絵と言えば漫画だった彼の感覚が劇的な変化を遂げる。その世界に触れた衝撃。それこそが今の作風の原点であり、アーティストを本格的に目指すことになったきっかけだ。

 自分でも自分が普通じゃないと感じる。まともに働けないかもしれない。それならいっそのこと、自分の腕に自分の人生を賭けてみよう。絵を描くことならやれるはずだ。彼の決意はそう固まった。


 魂の叫びを載せるかのように、金髪の少年を描いた。常識なんてぶっ壊してやる、と空をピンクに塗りたくった。「ルール、ルール」って鬱陶しい。苦しんでいる人だっているはずだ。彼らがこの絵で楽になれるように。そういう気持ちが篭っていた。


 世の中のマイノリティの人々は苦しんでいる。この世界の外にも色々な世界がある。ルールやモラルは国や文化、時代で変わってしまう。絶対じゃない。そこが息苦しいならちょっとだけ外に目を向けて欲しい。そういった気持ちが彼の作品には溢れている。

 今すぐ死にたいくらい苦しんでいる人が、僕の絵を見て、もうちょっとだけ生きてみようかな、と思ってもらえるように。

 東日本大震災で多くの人が亡くなった。生き残った人々だって必死に生きている。

 3万人の自殺者が毎年だ。

 奇妙な犯罪も増加している。

 イジメや児童虐待が頻発し、弱いものをいたぶる奴らが蔓延ってしまっている。

 こんな世の中だ。苦しんでいる人がホッとするように、彼らの心を癒やすことができる絵を描きたい。2008年から様々な展示を行うようになった。

 彼にとって絵を描くことが暗闇に射した光であったように、彼は自分の絵が多くの人の暗闇に射す光であることを願ってやまない。

編集:長良英明

Exhibition

2008年2009年2010年にマユミインターナショナル様からオーストラリアのアートショウに出品

2010年ニュージーランドで行なわれたジャパン・アート・フェスティバルに出品

2010年9月にニュージランドで行なわれるアート展示会「Taste of Japan Festival 」に出品

2010年カナダにあるルーファンス・リン・ギャラリー様に作品展示

2010年12月 大阪で「黒白タブレット」というユニット展を開催

2011年3月 Gallery Introart様でグループ展「名前をつける」展に参加

2011年秋頃にマユミインターナショナル様からパリでのグループ展に参加

2012年1月 「呑画廊喫茶平成ナンカ」にて初個展「自己中心世界」展

2012年11月 あかマルシェVol.2に参加

2013年春 マユミインターナショナル様からフランスにてグループ展に参加

2013年7月 大阪にてヤマオタケシ×かずばいんど コラボ展

2013年9月 奈良県五條新町にて「はならぁと2013」に参加

2013年10月 オーストラリアはシドニーにてME AND ART GALLERY様で企画展に参加

2014年 「Pop Japan: Contemporary Visual Art-The Charactor Edition 2014」に掲載

2014年 マユミインターナショナル様よりオーストラリア各所にて展示

2015年 オーストラリアにて「POP JAPAN」に参加

2015年 奈良市GUEST-HOUSE 3Fにて「Artproject Vol.1」参加

2015年10月 大阪にて絵×書「びたーちょこ」コラボ展開催