著:下重暁子「家族という病」を読みました。
読んだ本について書くのは久しぶりでしょうか。
っといっても、本の内容に触れると言うよりも、いつも持論を展開してるだけですが。。。
ずっと「家族」というものに違和感を感じていて、やりたくもない事を「家族」だからという理由(極端な言い方ですが)で、煩わしいことや、迷惑被る事に文句を言いながらでも動かなきゃいけない。
いや、本当は自分の意思で動く動かないを選べるはずなのに、「家族」という縛りで動かざるをえない思い込みが生じて、愚痴や憎悪を持ちながら動く人達がいる。
憎悪は少し言い過ぎかもしれないが、しんどいなら動かなきゃいいのにっと思う。
「嫌でも動くと選択をしたのは自分」だと納得できれば愚痴も少なくなるのになぁっと思いつつも、「家族」という縛りに洗脳されてる人達はそこに気がつかない。
いうよりも、世間体を気にして「家族なのに、、、」って批難されるのが怖くもあるだろうなって思う。
本来、大人になれば親も子も自立し、親は子
を離れさせる。子は親から離れなきゃいけない。それが自然の摂理。
よくあるじゃない?、結婚は「当人同士の問題じゃない」って。
よくあるじゃない?、親が安心するような職に就かなきゃって。
よくあるじゃない?、子をいつまでも面倒見なくちゃいけないって。
親は子が大人になってもいつまでも心配を吐露するし、子は親の事を気にしてしまう。
もう、お互い大人なんだから何も気にしないで自分の思うように動けよ。っと思うけれど、中にはいつまでも親に依存、子に依存す
る人もいる。
っと言っても、人間は少し特殊な生き物だから「こうでなければいけない」って事はなくて、それはそれでお互いが幸せならそれでいいんだけどね。
何いう僕も、、、この歳になっても親に頼りっぱなしです。
自立しなきゃと思うし、親にいつまでも頼ってないで自分でちゃんとやらなきゃっと思うんですが、どこかで「親が助けてくれる」っていう甘えがあるんでしょうね。
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